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2013年4月27日 (土)

「膝前十字靭帯断裂」という言葉につい反応

某所の待合室にて
Sports Graphic Numberという雑誌が置いてあり(827号)
パラパラ何の気なしにページをめくっていた。
主にサッカーの話題で一杯の号だったが、ふと目にとまったものがあった。
雑誌後半のSCORE CARDという小さなコラムの集合体のコーナー。
宮地陽子さんが書いたシカゴ・ブルズのデリック・ローズ選手についての話だ。
そうこれはNBAの話。
フィギュアスケートと関係ないのが申し訳ないが、ちょっとご紹介したい。

これはナンバーweb版にも載っていた。転載させていただきます。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

http://number.bunshun.jp/articles/-/408026
怪我に苦しんだローズが
MJの真の後継者となる日。
~ブルズファンの期待を背負う男~

宮地陽子 = 文
text by Yoko Miyaji

デリック・ローズはマイケル・ジョーダンではない。シカゴのファンは今、そんな当たり前のことに気づき始めている。

 シカゴ・ブルズのファンにとって、幸か不幸か、スーパースターを測る物差しは常にジョーダンである。そしてローズこそ、ジョーダン後のブルズで唯一ジョーダンと比較するに値する選手なのだ。一挙一動を比べられてしまうのはしかたないことなのかもしれない。

 去年4月28日、プレイオフの初戦で左膝の前十字靭帯を断裂したローズは、手術から11カ月たった4月9日現在も、まだ試合に復帰していない。それだけ大きな故障だったのは確かだが、問題は1カ月以上前に医者から試合復帰のゴーサインが出ていることだ。練習では、2月頃から試合形式の5対5に参加しており、復帰間近と言われて久しい。しかしローズ本人は「110%の状態になるまでは復帰しない」と慎重な姿勢を貫いている。怪我は治っても、選手としてメンタル面での準備ができて、リズムを取り戻すのに時間がかかっているというわけだ。

27年前にブルズとジョーダンが経験した、ローズと真逆のケース。
 

 皮肉なのは、ブルズは27年前に似たような状況で逆の出来事を経験していることだった。ジョーダンがプロ入り2シーズン目に足を骨折したときのことだ。当時のジョーダンは一日も早く復帰したい気持ちが強く、チームの将来を担うスーパースターの復帰に慎重なフロントと衝突した。そのことが、フロントとの長期的なすれ違いのきっかけになったほどだ。

 もちろん、ローズとて復帰したいという気持ちがジョーダンに劣るわけではない。そのための努力も惜しんでいない。ただ、復帰に向けての基準がジョーダンとは違うだけなのだ。

 生まれて初めて1年近く休むような大きな故障をしたことで、ローズは選手としての自分を見つめなおし、食生活からトレーニング方法まで、一から見直し、改善したという。それまで本能だけでプレーしていたのを、映像で自分や相手を熱心に研究するようにもなった。

「故障前より効率のいいゲームができるようになると思う」とローズは語る。

 ローズはジョーダンではない。そのことをファンが心から理解し、受け入れたときに、ローズは真のジョーダン後継者となるのかもしれない。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

“神”と呼ばれたマイケル・ジョーダンと比べられるってのは傍から見るよりキツイことに違いない。

とまあ、これは置いといて

思わず目を留めてしまったのは「左膝の前十字靭帯を断裂した」ってところ。

そう。左右違えど、高橋大輔が2008年にやったのと同じ。

他の例えばプロ野球選手等の負傷のニュースの中にもこの怪我名がしばしば現れる。

バレリーナでもいたっけ。熊川哲也さんもそうだよね?

この言葉見る度「ハッ」Σ( ̄ロ ̄lll)としてしまうのは高橋大輔のファンになってしまったからだろう。

そして注目すべきは下線引いた箇所。

「生まれて初めて1年近く休むような大きな故障をしたことで、ローズは選手としての自分を見つめなおし、食生活からトレーニング方法まで、一から見直し、改善したという。それまで本能だけでプレーしていたのを、映像で自分や相手を熱心に研究するようにもなった」

高橋大輔は自分で感覚的な人間だとかインタビュー等で語っていたような気もする。
競技の性質上「本能だけでプレーする」というのが出来にくいスポーツだと思うが、
近いものはあるのかもしれぬ。感覚に頼りすぎ…ということもないのだろうが。

で、高橋大輔のバンクーバー五輪後に発売されたフォトブック「高橋大輔OFFICIAL BOOK 200days バンクーバーまでの闘い」を久々に開いてみた。

「心・食・体」という項目がある。食事面含む「体つくり」について簡単にだが語っている。

「今回は食事面から改善した。秋以降、栄養士についてもらって、なるべく外食を避けて自炊。サプリメントも摂取した」から始まる。

カナダ入りしてからの食事、栄養士の指導について、そしてジャンクフードを我慢したことが続く。

途中より転載します。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

~(略)~

 実際、少量でも満腹感のある食事だったから、体は軽いし、体のキレと疲れが全然違った。
 ケガをした右ヒザは、疲れがたまったり、寝不足のときは、痛いことがある。トゥをつくのが怖かったり、着地するのに構えてしまって、余分な力が気分的に入ってしまったり。やは
り左足と同じではない。
 でも、きちんとアップしてケアをすれば何の問題もなく、思い切りできないということは今は全くなくなった。

 数年前まで日本のフィギュアスケート界では、トレーナーや栄養士をつけることはあまりなかった。スポンサーあってのサポートに感謝している。
 僕は普段からモチベーションをどう上げたらいいのか悩むことが多い。
 遠い目標に向かってコツコツというより、一日の練習で、よく頑張れているなど自分で思えることが気持ちがいいタイプ。
 体が動かないと気力も自信も失って更に動かなくなる。逆に体が動けば気力も充実して楽しくなって、どんどん体が動くようになる。
 練習と体作りのおかげで、何でもできるんじゃないか、という気にさせてくれた。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

う~ん。懐かしい。

ファンの方ご存知の通り
この時期はメインコーチだったニコライ・モロゾフと別れた後で
高橋大輔が「チーム高橋」のリーダーでもあり、大事なことの決定権も彼にあった。

ニコライが「アドバイザー」として戻ってきてからもそれは変わらないと思うが

どうなんでしょ?

たまにテレビの報道特集みたいなものを見ると、最近はバンクーバーの頃より栄養面とか体の管理がより徹底されてる印象を持つ。
(本読み返すと今よりまだ管理が緩い感じがある。実際はそんなことはなかったのだろうが)

まだ膝が痛むことがやはりあると言ってたしな…年齢のこともある。五輪時には気づかなかった部分で注意すべきところもあるだろう。

フィギュアスケートを普段関係ない話題が多い某ブログにも書いてあったことだが、高橋大輔の怪我復帰後の台詞

「怪我をしてよかった」

これはなかなか言えない台詞であろうと思うし、ショックでもあった。

まだ五輪メダルをとる前だったと思う。五輪金…までは残念ながら行かなかったがその後、「良かった」と思えるようは成績はとれたと言えよう。

あと気になったのはまた下線部分

「日本のフィギュアスケート界では、トレーナーや栄養士をつけることはあまりなかった」

という箇所。彼の怪我から日本のそういうあり方も変わってきていると良いのだが…と思っている。そうだとしたら彼の怪我が良い教訓になった…とも言えるのだけど。

それとも「スポンサーあってのサポート」で、一部の選手以外は難しいのだろうか?

クリケットは日本より環境が良さそうなのだが、羽生君とかその辺大丈夫なのか?…と思ってしまう。(無茶してるイメージがあるからかな…)

その辺は謎だ。

デリック・ローズがその後ブルズで如何なる働きをするかは分からないが

高橋大輔と同じ台詞が言えると良いなあ…と願っている。

選手として大きな危機に直面した際

「自分を見つめ直す」作業が何よりも重要になってくる。

そして、冷静に対策を立てていく。

これはスポーツだけではなく、人生においても役立つ教訓でもある。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

MEMO

またフィギュアから離れて申し訳ないが…

「断裂」ではないけれど、この方も同じ箇所を傷めているのか…と思った。

北斗晶、今月中の手術を公表 右ひざ十字靭帯損傷で「30分歩くのが今はやっと」
http://www.oricon.co.jp/news/entertainment/2021595/full/

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コメント

日本で陸トレが取り入れられたのは、05年に大輔がカルロス・アビラデボルバのトレーニングを試したのが最初のようです。トリノ一枠にしてしまい、何かしなきゃと始めたよう。
カルロスもフュギュアスケートは様々な動きや能力を要求されるので、自分のメソッドを確立するのにいい契機だったみたいです。(Daysの古いのだと思いますが)
翌年崇彦たちが参加するにあたって「そんなに長く氷を離れていていいのか不安」がっていましたが「大丈夫だよ」といわれて、それからカルロスは一時中京大にてノウハウを日本に伝えたようです。
そのころから一気に陸トレや身体ケアが当たり前に報じられるようになったけれど、
それでも日本ではまだみんな、個人のつてで手探りを続けている感じで、カナダやロシアに比べたら、まだまだとりあえずやってみる感じが強いですね。
真央ちゃんはロシアに栄養士やトレーナーが帯同していましたが、国内の普通の選手はやはり自分で管理してもコンビニ食などで、大学進学で親元を離れると(特に女子は)
難しいみたいですね。私も大学一年のときに自分も周りも一気に太った覚えがある(-_-;)
ただ、ロシアはあまりにもメソッドが確立されてしまっている分などで、変化について行けず、少し古臭いと言われてしまったところもあるよう。国が大変でしたし、情報も不足だったんでしょうね。Jsupoでも言ってましたし。
日本は世界中からの色々な引っ越し公演が見られたし(東京限定かもしれないけれど)
多様さ自由さはこのところぬきんでていましたけど。東京で一番観客が集まるのは、
みんな他の舞台などを見る機会が多いからかな?

コメ欄などあまりに重いのか、でてこなくなってて、仕様変更かと思いました。
つながってやれやれ。

>blueberry様
今日の記事に書きましたが、仕様変更でもないのに、
コメ欄が現れないなど不具合が昨日よりありました。
今日もたまにあります。
ご迷惑おかけします。

>05年に大輔がカルロス・アビラデボルバのトレーニングを試したのが最初のようです。
そのトレーナーさんの話は聞いたことがあります。
本田武史の時代とかそれ以前にはそういう存在はいなかったのですか…
大輔は結構幸せ者かもしれませんね。時代的にも。
>それでも日本ではまだみんな、個人のつてで手探りを続けている感じで、カナダやロシアに比べたら、まだまだとりあえずやってみる感じが強いですね。
それで、よくここまで強くなりましたね。
基本的に日本人スケーターって勤勉なのでしょうね。それに頼り過ぎては危険ですが。
>私も大学一年のときに自分も周りも一気に太った覚えがある(-_-;)
私は逆に痩せました。元々高校生の時も太ってはいませんでしたが、
一番バクバク食べていたのは高校生の時期だったと思います。
ただ単に栄養が足りてなかったのか!?自炊頑張ったのですがね…ま、これはいいです。
>ロシアはあまりにもメソッドが確立されてしまっている分などで、変化について行けず、少し古臭いと言われてしまったところもあるよう・・
古臭くともロシアン的なものに惹かれる身としては昨今の状況が実にサビしい…。
が、ロシアの「重鎮たち」の様子を見るとやはり現フィギュアスケート界のトレンドからかけ離れてるってのは分かります。
過去素晴らしかった時期が逆に足枷になっているのか?
(ニコライ・モロゾフは「若手」に入るのでしょうが彼も時代から取り残されてる印象があります)

東京…また行きたいですね。色んなもの観に行くことが出来るので。
今住んでいる所はなかなか良いものが来ません。

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