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2013年5月24日 (金)

シュピルバンドという人

前回の「ペシャブル、亀先生の元を去り、シュピルバンドの元へ」の続き。

前回では「シュピリバンド」と記載していたが(Wikiではそういう記載だったのでそのまま使用した)

田村明子さんの著書では「シュピルバンド」

で、私も田村さんの記載通りに覚えていたため、以下「シュピルバンド」に統一します。

で、アイスダンスの世界についてのお話をまとめたご存知田村明子氏の著書「氷上の舞 煌めくアイスダンサーたち」

この中で「シュピルバンド」氏についての記載のある箇所をご紹介したいと思う。

以前からアイスダンスにお詳しい方にとっては「知っていて当たり前」のことかもしれないが

私はごく最近興味持ち始めたばかりだからねえ…

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

9 新しい世代たち

 
シュピルバンドという人

 モスクワ生まれのイーゴリ・シュピルバンドは、以前からフィギュアスケートコーチの中でももっとも興味深い人物の1人だった。
 リュドミラ・パホモワの生徒だった彼は、パートナーのタチアナ・グラドコワと1983年に世界ジュニアチャンピオンになった。エフゲニープラトフと前のパートナー、エレーナ・クリカノワによる世界ジュニアタイトル3連覇が始まる1年前のことである。
 だがコーチのパホモワは間もなく白血病で亡くなり、新しいパートナー探しも難航していたシュピルバンドは行き場を失った。
「プラトフのパートナーだったエレーナ・クリカノワが一緒に滑らないかと言ってきました。でも競技ではなく、プロになってショーに出たいという。ぼくはクリカノワと滑りたかったので、同意してアイスショーに出ることになったんです」
 彼は1989年の年末、「ロシアン・オールスター」アイスショーのツアーメンバーの1人としてニューヨークにやってきた。そこで親友のゴーシャ・スールの亡命に巻き込まれ、心の準備がないままに自らも亡命することになったのだった。おいおい!)ソ連が崩壊する2年前のことだったが、当時は政府が崩壊するなど想像もできなかったという。
「当時、亡命仲間は5人いました。いろいろなところから仕事のオファーは来たのですが、5人まとめて引き取ろうと申し出てくれたのが、デトロイトスケーティングクラブだったんです。(太っ腹!)ぼくたちはまだ英語もろくにわからず、離れ離れになりたくなかった。だからみんなでデトロイトに行くことにしたんです」
 これが北米のアイスダンス王国の基礎を築くことになるとは、招待したデトロイトスケーティングクラブの会長もおそらく想像していなかったのではないだろうか。
 まだ26歳だったシュピルバンドは、子どもたちのグループを担当することからはじめた。その中に1998年世界ジュニアチャンピオンになったジェシカ・ジョゼフ&チャーリー・バトラーもいたのだという。世界ジュニア選手権で米国チームがアイスダンスタイトルをとったのは、彼らがはじめてのこと、そして翌年チャンピオンになったジェイミー・シルヴァースタイン&ジャスティン・ペカラックも、シュピルバンドの生徒だった。
 だがこれは、シュピルバンドにとってはほんの手始めに過ぎなかった。
 1996年から3連覇したパンサラン&スワローにはじまり、2012年のディヴィス・ホワイトまでの16年間の全米アイスダンスチャンピオンのうち、シュピルバンドが指導しなかったチームは1組もいない。まさに彼の功績によって、米国のアイスダンスが着々と世界レベルに到達していったのである。

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昔のシュピルバンド氏の動画ってないかしら?…と探したらあった…
記述にあったエレーナ・クリカノワとのものと思われる。

Igor Shpilband & Elena Krikanova

それにしても亡命のきっかけ…思いつめて…考えに考えて…という感じでなさそうなのが…

いいんかい!?コレで!??(-_-X)

とツッコミ虫が収まらなくなってしまう。

その場を|д゚)見た訳じゃないから何とも言えないし、どういう語り方でコレを話したのか不明なので想像にまかせるところもあるのだけれど

あまり悲壮感は感じられず、楽天的な雰囲気の人ではないのだろうか?と思ってしまう。

ま、コチラで成功したからそういう風に語れたのかもしれんけどね。良い出会いにも恵まれたろうしね。

「子どもたちのグループを担当することからはじめた」とある。

雑誌等でこの人の笑顔の写真を見る限り、確かに子供に警戒されなさそうな雰囲気の人だと納得してしまった。

人懐こそうな笑顔の持ち主だ。
(追い出された時のインタビューでの写真ですら、そんなだった。その時撮ったものではないかもしれないけど)

…で…

その続き、シュピルバンドと共同でアイスダンサー指導してきたマリーナ・ズエワについての記述が続く。
(その後シュピルバンドが「王国」を追放されるとは、コレ読んだ方々の中でも想像出来た者はいなかったのではなかろうか?

それが人生の面白さでもあるのだが)

日本のトップ選手も振付でかなりお世話になっている彼女

これもせっかくなので載せようと思う。

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マリーナ・ズエワの手腕

 一方、彼と共同で教えているマリーナ・ズエワも、とても興味深い人である。
 もともとソ連を代表するアイスダンサーだったズエワは、エレーナ・チャイコフスカヤの生徒だった。彼女はパートナーのアンドレイ・ヴィットマンと、1977年東京世界選手権で5位に入賞している。モイセーワ&ミネンコフが優勝し、リニチュック&カルポノソフが3位だった年のことだ。
「コーチのチャイコフスカヤと同じように、モスクワの国立舞台芸術インスティチュートで勉強しました。学生はボリショイ・バレエを無料で見ることができたので、((ノ゚ο゚)ノ オオォォォ-)今でもバレエ音楽を耳にすると、どの作品のどの場面か、すぐにわかります」
1956年生まれのズエワは今年で56歳だが、(この本の発売日は2012/4/20)いつ会っても颯爽としたすてきな女性である。カジュアルな服装をしていても、高価そうな毛皮のコートを身に着けていても、彼女自身が漂わせている清潔感と品格によってすべてがシックに見える。
「卒業制作として、ある若いペアの作品を振付けることになりました。それが、当時はまだジュニアだったゴルディーワ&グリンコフだったんです」
 1995年11月にセルゲイ・グリンコフが心臓発作で急逝するまで、ズエワは彼らの振付を手がけていた。リレハンメル五輪で2度目の金メダルを手にしたときの「月光ソナタ」も、プロになってから2人が滑った、もっとも美しいプログラムの1つとの評判が高いラフマニノフの「ヴォカリーズ」も、彼女の作品である。
 1991年に北米に移住していたズエワは、2001年からミシガンのカントンでシュピルバンドのチームに加わった。コリオグラファーとして活躍する一方、シュピルバンドと共同で数多くのアイスダンサーを指導してきた。
「マリナは今まで出会ったなかでもっとも才能豊かな人。教養があり、芸術的知識も高い。彼女から学んだものは大きいです」とシュピルバンドは語る。
 2人ともソ連式の基礎技術をがっちりと受け継ぎ、苦労人にして聡明、同時に伝統的な芸術への深い知識と理解がある。何よりも、新採点方式にすばやく対応する頭の柔らかさを持っていた。
 そしてこの2人によって、新しい世代のアイスダンス王国が築かれていったのである。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

「2人ともソ連式の基礎技術をがっちりと受け継ぎ、苦労人にして聡明、同時に伝統的な芸術への深い知識と理解がある。」

魅力的な紹介文だ。そして何よりも

「新採点方式にすばやく対応する頭の柔らかさを持っていた。」

ロシア人指導者の中でコレはかなりの強みであると見る。

ロシアには他にも優秀な指導者が数多くおられるが、「コレ」に関しては疑問符が浮かぶ方もいるからだ。

ペシャブルが頼ったのもテクニカル面強化は勿論だが

「新採点に強い」

これが大きいだろう。

が、

下のような記事が出る(08/06/2012) シュピルバンド&ズエワ パートナーシップ解消の話題
(リンクさせます)

Fresh ice: Shpilband teams don't miss a beat

ちなみにnifty翻訳にかけると(私のブログのサイドバー下の方にあります)こうなった。
 ↓
http://honyaku-result.nifty.com/LUCNIFTY/ns/wtf.cgi?XPID=23653_0

見出しは「Shpilbandチームはビートを逃しません。」というけったいな日本語になってしまうが、まあ、参考程度にしてくださ

いってなことで…ご勘弁の程を…

次回は高橋大輔道化師衣装の表紙だったワールドフィギュアスケート(略してWFS)No.56、

最新刊ではなくGPファイナル時期のこと中心のものですが

それに追い出されたばかりと思われるシュピルバンド氏のインタビューがあった。

それに触れようと思っている。

最後は彼が指導したシブタニ兄妹動画で締めようと思う。シュピルバンドもいる…

マイア&アレックス・シブタニ組 2011 NHK FD

改めて言うのもなんだが…この人たち上手いよね?

マイアちゃんも可愛いが、何げにお兄さんのアレックスが個人的にツボにハマるキャラだ。

リラックマかぶらなくても「クマ」っぽい。

以前インド小特集をした時取り上げたインド版パ●イヤ鈴木な「Gola Gola」の青年。

私は彼を勝手に「熊五郎」とあだ名をつけてしまったが、

アレックスは「クマちゃん」とお呼びしたい。何となく…

顔が昭和…というか下手すりゃもっと昔の小学校の教科書の挿絵に載ってそうな二人。

だけど身のこなしはやはりアメリカンなんだよなあ…体型もGOOD。

特に女性のリードの仕方なぞ見るとね…

ダンスどうこうだけではなく、その辺日本人が不利なところではある。

も一つおまけ。

アレックマの悲劇

「熊殺し」「解雇の元凶」「叩いたから呪ってやったクマ~(▼(工)▼メ) 」というタグがあった動画。

怖いですねえ…

怖いですねえ…

それでは皆さん、サヨナラ、サヨナラ

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コメント

タレミミさん、淀川長治さんにて〆ですか!
反応してしまう世代でございます^^

>「2人ともソ連式の基礎技術をがっちりと受け継ぎ、苦労人にして聡明、
  同時に伝統的な芸術への深い知識と理解がある。」
>「新採点方式にすばやく対応する頭の柔らかさを持っていた。」

そりゃ、大所帯になるってモンですね。

追伸。シュピルバンド氏といえば、NHK杯2010・男子SPで
高橋選手がマンボをフィニッシュした瞬間、笑顔でスタオベされてたのが印象に残ってます^^
(ちなみに彼は、ジャッジ席から見て対岸の向かって若干左側のリンクサイド席にて観戦。
あと、その更に左側の端の方には真顔のF・キャロルコーチもいました^^;)

>まっきー様

>淀川長治さんにて〆ですか!
それに触れていただいたのが妙に嬉しい今日この頃であります。
王国追放されても、絶対ほっとかれないよ…と思っていたがやはりそうでしたね。
>NHK杯2010・男子SPで高橋選手がマンボをフィニッシュした瞬間、笑顔でスタオベされてたのが印象に残ってます^^
すごくリアルに想像出来ます。(;・∀・)
例の人懐こい笑顔でスタオベしている姿が・・・
>その更に左側の端の方には真顔のF・キャロルコーチもいました^^;)
これもリアルに・・・(以下略)
この方は「北米の古き良き頑固爺」という雰囲気の方ですね。
実際はどうなのか分かりませんが。

タレミミさんのこちらの記事を読んで、シブタニ兄妹それからシュピルバンドコーチを注目して行きたいと思いました。演技が素晴らしくそしてナチュラルビューティですね。表情や話し方が作った感じがしなくて素敵、きれいな肌、髪、自然なメイク…日本人の美しさを最大に活かしています。マイアさんは着物も似合いそうです。
シュピルバンドコーチはスケートコーチとしてはもちろんいろんな意味で興味深々です。今後、演技後のプレゼントのぬいぐるみは殆どリラックマになるかもしれないですね。そしてクマ殺し…恐露西亜

>「北米の古き良き頑固爺」という雰囲気の方ですね。

そんな感じですよね~。
まぁこのNHK杯にエントリーしてたD・テン選手のコーチですから、
同じカテゴリーの高橋選手の演技を、手放しに満面の笑みで観ることは難しかったかと^^;

ちなみに彼の若い頃の姿は、美声とその解説にファンが多い(私だけ?)
五十嵐文男氏の演技動画で確認することが出来ますよ。
(演技前後のリンクサイドやキスクラだけですけど)
たしか髪の毛はフサフサでしたけど、やっぱり厳しそうなコーチに見えますね^^

>柴犬様

>シブタニ兄妹それからシュピルバンドコーチを注目して行きたいと思いました。
そうですよ!要チェックですよ!
とはいえ、シュピルバンドが追い出されましたから…もう彼の指導は受けてないと思います。
あまりセクスィーなプログラムは向かないカップルですが(;・∀・)
ジャッジや観客たちに悪い印象を与えないカップルだと思います。雰囲気上品ですし。
2010-11シーズンではワールドで3位と大健闘したのですが、
ちょっと2012-13シーズンはワールド8位と…ちょっと伸び悩んでいるのが残念です。
体調崩したり…もしかしたら怪我とかあるのかしら?その辺は分かりませんが。
ソチ五輪でも健闘していただきたいものです。

>まっきー様

>まぁこのNHK杯にエントリーしてたD・テン選手のコーチですから、
同じカテゴリーの高橋選手の演技を、手放しに満面の笑みで観ることは難しかったかと^^;
なるほど…
でも、この方、「これはいい!!(・∀・)」…と心から思っていても表情に出ない人なんじゃないか?とも思います。
(特に生徒さんのライバルであれば)
あ…でも、デニス君の大健闘には笑顔だったかな。「渋い笑顔」というのは変な言い方かもしれないけどそんな感じ。
でも、こういう頑固爺さん、決して嫌いじゃないです…(^。^;)
ルックス的には好きな方かもです。(おいおい!)
>ちなみに彼の若い頃の姿は、美声とその解説にファンが多い(私だけ?)
五十嵐文男氏の演技動画で確認することが出来ますよ。
情報、ありがとうございます。
ちなみに五十嵐さんの演技、うっすら記憶にあるんですけど、
当時の私、結構好意的に見てたと思います。
解説も良いですよね…五十嵐さん。もうやらないのかなあ…

タレミミさん。五十嵐さんの演技って柔らかいと言うか、エレガントですよね。
特に、あの前後180度開脚は凄すぎます!

そういえばF・キャロルコーチについて、
久々の解説となった世選2012・Jスポ男子SPの際、小林千鶴アナから
「(五十嵐さんがご指導を受けられてた時の)彼はどんな方ででいらっしゃいましたか?
…(実況)途中、おいおい聞いていきたいと思います^^」
って話されてましたよ。
五十嵐さんがその後、どう答えられたか忘れちゃいましたが^^;

“元祖ロミジュリ” 観てきますね!

なるほど、それでリラックマの呪いと言われているんですね。
名コーチが離れてクラブの選手たちに影響がないといいですね。

同じロシア人コーチ・コレオグラファーでもアメリカやカナダに移住・亡命した人は
ジャッジに低い評価されないで済むのでしょうか。
それとも同じカナダ人でもロシア系だと不利とかあるとしたら本当に東西冷戦の名残だと思ったのですが、
それはさすがに無いですよね。

>まっきー様

F・キャロルコーチ、五十嵐さんの指導されてたんですか!?
私、コメントくださった方から色々教わっちゃってるなあ…(^。^;)
私も五十嵐さんの動画探して見直してみまっす!

>柴犬様

>名コーチが離れてクラブの選手たちに影響がないといいですね。
リラックマの呪い…ってのより、コレ、明らかにあると思いますねえ…
昨季のシーズン見てみると。逆に彼に見てもらって伸びたカップルもいるし…
>同じロシア人コーチ・コレオグラファーでもアメリカやカナダに移住・亡命した人は
ジャッジに低い評価されないで済むのでしょうか。
あながちそれが「ない」とも言い切れないかも…
タラソワ先生がヤグディン見てた時期ってアメリカ拠点だったんでしたっけ?
う~ん…分かりません!(;;;´Д`)ゝ

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