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2013年8月 8日 (木)

音楽を「見て」欲しい

ちょっと前の朝●新聞に出ていた記事を紹介する。

2013年7月29日(月)朝●新聞夕刊 音楽~ARTS&CULTUREより

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被災地へ祈りのソナタ

全聾の作曲家・佐村河内 守が新作

 全聾の作曲家、佐村河内守(さむらごうち まもる)(49)がクラシックとしては異例のヒットとなっている交響曲第1番「HIROSHIMA」の全国ツアー中だ。東日本大震災の被災地への祈りを込めたピアノソナタ2番も完成させた。「希望の光になるような音楽をつくりたい」と語る。

 広島生まれの被爆2世。35歳で聴力を失って以来、「ゴー」という重度の耳鳴りに苦しみながら、絶対音感を頼りに作曲に打ち込んできた。そんな中で生み出した「HIROSHIMA」(2011年発売)は、出荷枚数が17万枚を超え、一時はオリコンの総合チャート2位にまで上昇した。
 一躍、時の人となったが、「現代のベートーヴェン」といった過度の賞賛には居心地の悪さも感じている。「ベートーヴェンは雲の上の人。そう呼んでほしい、と頼んだことはありません」と困惑顔だ。
 一方で、うれしい反響もあった。「HIROSHIMA」が、被災地で「希望のシンフォニー」と呼ばれているのだ。震災後、音楽家として何かできないかと考えつつも、「売名行為」という批判を恐れて一歩を踏み出せずにいた。「自分の音楽も、少しは求められているのかもしれないと、背中を押していただけた」
 着手したのが、レクイエム(鎮魂歌)の作曲だ。津波で母親を亡くした宮城県石巻市の少女との交流を通じて曲想を練り上げていった。だが、「自分はよそ者」という意識が邪魔をして、メロディーが浮かばない。
 亡くなった人たちの苦しみに寄り添いたいと、2月に女川の海で6時間の野営を決行。寒風吹きすさぶ夜明けの海を眺めていた時、不思議な感覚を味わった。「巨大な扉が開き、奥から、亡くなった方たちの『書いていいよ』という声が聞こえた気がした。それから、雨あられのように音が降ってきたんです」
 完成させたレクイエムを発展させ、35分を超えるピアノソナタ2番を書き上げた。9月から韓国人ピアニスト、ソン・ヨルムによる全50公演のツアーが始まり、10月にはCDも出る。
「レクイエムは本来、死者の魂を鎮めるための音楽。でも死者の苦しみや怒り、悲しみを生者に伝えるレクイエムがあってもいいのではないでしょうか」
 

(神庭亮介)

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高橋大輔の今季SPに使う曲の作曲者…ということでチェックした記事だったが

今読み返してみると別の視点で色々考えさせられるトコロがあるものだ。

「売名行為」という批判を恐れて一歩を踏み出せずにいた。

「自分はよそ者」という意識が邪魔をして・・・

震災後、被災地の為に何か・・・と考えるけれど

同時にそれを邪魔する何かが発生してしまうことがある。

周囲に実際に言われた・・・ということがなくても。

自分の意識の中の何者か・・・によるものなのか?

下手に考えずに行動すれば良いんだよな・・・

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上記の記事と同じ頃

朝日新聞出版のWEB記事「dot.」で要約(?)記事が出ていた。

それも載せてみる。

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フィギュア高橋大輔 全聾の作曲家が紡いだ「闘いの曲」で五輪へ

(更新 2013/7/28 11:30)

 フィギュアスケートの高橋大輔選手が、ソチ五輪シーズンの演技に、全聾(ろう)の作曲家・佐村河内守氏が書いた「ヴァイオリンのためのソナチネ嬰(えい)ハ短調」を選んだ。この曲は、もともと佐村河内氏が千葉県習志野市の中学1年生、大久保美来(みく)さん(13)に贈ったもの。先天的に右腕の肘から先がないが、義手でバイオリンを奏でる美来さんへ、これから先、差別や偏見に負けずに闘っていこうと贈った『闘いの曲』だと、佐村河内氏はいう。その曲で世界の舞台を舞う“銀盤の貴公子”へ送るエールとは。

 曲を贈るだけではなく、佐村河内は彼女のリサイタルも企画した。美来さんは赤から黒のドレスに着替え、強い集中力でリサイタルの最後にこの難曲を奏であげ、喝采を浴びた。

 この曲に寄り添い、美来さんは内面的にも着実に成長を重ねている。昨年末、この曲を携え、コンクールに挑んだ。音楽の前に、健常者と障害者の区別はなかった。美来さんは、佐村河内に「聴きにきてほしい」と告げた。「ふつう、作曲者本人を前にしたら緊張するものなんだけどね。強くなったな、と思った」。堂々たる演奏で、全国5位に入賞。美来さんは、プロのバイオリニストとして歩むことを心に決めた。

「これからもつらいことがたくさん待ってるだろう美来の人生に、この曲が寄り添い、いざというときの力になってくれれば」と、佐村河内は言う。

 小学校のときは管弦楽クラブのコンサートマスターを務めていた美来さんだが、中学校では卓球部に入部した。自分なりのサーブの方法を編み出すべく、試行錯誤している。

 美来さんとともに闇に向き合い、生涯闘っていくことを宣言したあの曲が、高橋選手の舞とともに世界に響くことに、佐村河内は「見えざる大きな力を感じずにいられない」と話す。

 昨冬、慰問コンサートのため、宮城の被災地を訪れた。津波に母を奪われた少女との交流がはじまった。無念の思いで逝った無数の魂が、そのまま自分のなかで音の束になった。癒やしとは対極的な、大きなうねりを感じさせるレクイエム(鎮魂曲)が完成した。

 復興への道のりは長い。かつての自分や美来が感じた「闇」がいま、日本全体を覆っている。でも、私たち日本人はみんな「闇」から逃げず、誇りをもって闘い抜いてみせる。そんな矜持(きょうじ)を胸に、高橋選手が世界の舞台で堂々と輝いてくれるなら、こんな嬉しいことはない――。佐村河内は、ひとり静かに、そう祈っている。

※週刊朝日 2013年8月2日号

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佐村河内氏は高橋大輔が五輪SPに自分の曲を選んだことを知っているのだね。

曲の背景、作者のプロフィールを考慮すると

正直想像以上に重い選択だと感じる。

音楽との調和には定評がある高橋大輔が滑るのだ。

余計な心配は要らない(と信じる)

ソチ五輪の大舞台で

ご自分の作曲した曲を

音を

「見て」味わっていただきたいと思う。

だから

頑張って代表に入ってくれい・・・((・(ェ)・;))

祈るしかない・・・

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コメント

この記事!私も読みました、そして、心がざわざさしました。

タレミミ様のおっしゃるように、どうか代表になってくれ!と。

真央選手の次に大好きな高橋選手!トリノの時は、もひとつ好きになれなかった大ちゃんは、あの怪我のあと、ほんとうに見違えましたよね~

今では、ゾーンに入ったかのような神演技は、ほんとうにすばらしい!世界中の
解説者が、仕事をわすれて感嘆してしまうのも、うなずけます!

ほんとに、どうか頑張ってほしい!最後(かもしれない)試合での神演技を
ぜひぜひソチで!!!!!

この曲を目を閉じて聴いているうちに、大輔さんの舞う姿がくっきり浮かんできました。彼は類稀な表現者です。必ず佐村河内さんの意図を汲み上げて見事な演技を完成させるはずです!私が大ちゃんの大ファンになったのも
バンクーバーで「道」を観てからです。其のあとで映画を観たとき「彼は映画を観ていなくてあの神業表現が出来ていたのです」って知って”身体から音楽が奏でられる”と言う意味が理解できました。・・・独りよがりで語ってしまいました。お邪魔しました<-*->

すみません、勘違いでした。
削除お願いします。人騒がせでごめんなさい。

タレミミ様、こんばんは。
以前、テレビで佐村河内さんのドキュメントを見ました。聴力を失った時に御自分の中で音を取り戻す為(確認?)ベートーベンやバッハやその他の曲を全て譜面に書き起こす作業をされて…少しの余白もないくらい縦横無尽に音符が書きつけられ、それが何百枚(何千枚?)もあり…。ご自分の中で確認が出来てから作曲を開始されたそうです。
『壮絶』『血のにじむような…』の意味を初めて知ったような気がしました。

佐村河内さんの曲はそれこそ身を削るようにして生み出された曲のように思います。

大ちゃんのパワーと佐村河内さんのパワーが融合、昇華し素晴らしい演技を見られるとよいなあ…と、期待してしまいます。

>yomi様

>トリノの時は、もひとつ好きになれなかった大ちゃんは、あの怪我のあと、ほんとうに見違えましたよね~
ええ。私もトリノの時は「チャラい…」と好きにはなれなかったし、ロクに演技も見ていませんでした。
(演技後で見直して後悔しましたがね…嗚呼…もっと早くから応援するのだったとね)
>ゾーンに入ったかのような神演技は、ほんとうにすばらしい!世界中の
解説者が、仕事をわすれて感嘆してしまうのも、うなずけます!
・・・そう。「ゾーンに入った」演技が大舞台で観られることを祈るしかありません。
そこに辿りつくまでが険しい道であります。

>ひまわり姫様

>「彼は映画を観ていなくてあの神業表現が出来ていたのです」
以前発売されたフォトブックのどれかに書いてあった気がするのですが、
彼は「この曲の解釈がどうの・・・」と理屈で解釈しようとすると駄目らしいです。
表現者ってそういうものなのかもしれないな・・・と思いました。
変に頭に頼らず、佐村河内氏の音楽に身を委ねる方が成功する確立は高そうです。
楽しみですね。

追伸
私も「道」好きです。・・・っていうか、「道」の曲自体が昔から好きでした。
この曲を使った・・・ということで興味持って彼の演技を見始めたような気がします。
バンクーバーSPの“eye”も同じくらい好きです。

>マリ様

一瞬肝が冷えました・・・(;゚Д゚)
もしかしたら佐久間正英氏と勘違いされたかな?
(この方数多くの人気ミュージシャン手がけてましたね!)
最初のコメ、削除させていただきました。
以後、お気をつけくだされ。

>メリー様

>以前、テレビで佐村河内さんのドキュメントを見ました。・・・
>『壮絶』『血のにじむような…』の意味を初めて知ったような気がしました。
>佐村河内さんの曲はそれこそ身を削るようにして生み出された曲のように思います。
・・・彼の背景が頭にあるからでしょうか?
佐村河内氏の曲、変な言い方になりますが「気軽に聞き流し」出来ないんですよ…何故か。
聞き流すことを拒否されている…と言ったら大袈裟になりますが、そんな感じ。
なので体力・気力のある時を選んで聴くようにしています。
この人の曲は苦しみを癒す・・・というより、その人の苦しみに寄り添って一緒に血を流してくれるような…(大袈裟かしら?)そんなイメージすら湧きました。

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